「中ちゃんですが、何か」本舗 トップページ


平成29年1月8日(日) 古河 七福神巡り 

今回は1月8日に予定されていた「古河七福神めぐり」に職場の友人と参加してきました。当日はイベントで大勢の参加者でにぎわって
おり、神社ごとに様々な飲み物や物販販売などもあり、楽しくまわれたコースでした。また、当日は曇りのち雨の予報でしたがすべての神社
を巡り電車に乗るまで雨に降られませんでした。おいしいカレーつけ麺も食べ、満足し大きな福かもしれませんね。

当日はJR宇都宮線で古河駅まで移動しました。 
友人と待ち合わせて古河駅西口の駅前広場に向う。

当日は9時から受付開始、順次スタートして行ったので受付には数人の参加者で

そんなに参加しないのか?と思いました。

しかし・・・。
受付でスタンプ押印用の台紙を購入。A3の大きさで意外に大きいぞ。

10時20分、早速スタート。今回のコースはパンフでは約7000歩、2時間ほどのコース

を散策しながら新年の福を呼び込みましょう。との内容が書かれていました。

第1回目では誤記番地で無駄に1時間歩いてしまうことになり、今回はすでに回られた方の

ホームページを参考に回る順番を決めて回りました。
約5分位で最初の神社に到着。

@ 秋葉神社 毘沙門天 古河市本町2−2−1

ここが始めの場所です。


秋葉神社は古河城主土井利位(どいとしつら)が、駿州 秋葉神社より分霊したもの。火伏せの神としてまつら れている。現社殿は、昭和2年に再建。(古河七福神巡りパンフより引用)
秋葉神社の境内では甘酒、お汁粉のおサービスをしていました。

甘酒を頂きました。冷え切った身体が温まりました。

まずは最初のスタンプを頂きました。

次の大聖院はすぐとなりでした。

この辺から参加者の人数も想像以上に多く、神社の外まで並ぶ長い列が出来ていました。

ようやく大聖院の境内まで進みました。
A 大聖院 弁財天  古河市本町2−4−18

山門前の左手の山王宮は、古河で最も古い社と言われ ている。現在は観音・地蔵・弁天が合祀されており、神 仏淆合の名残りである。(古河七福神巡りパンフより引用)

市内の道路にはスタンプ用の台紙が目印になるのですぐにわかる。

中にはお年寄りの方の団体が参加しており、迷子にならないよう全員が名札を下げて

先頭の方から最後尾の方までが慣れた形で廻っている。


B 神明宮 大黒天 古河市本町2−12−37

神明宮はもとは正蔵院の境内社だったが、後に町内で 管理するようになった。 明治10年、

境内に古河小学校分校(神明校)が設けら れたため、現在地に移築。(古河七福神巡り

パンフより引用)

ここまででスタンプは3個になりました。

こうやってスタンプを押すことで達成感がどんどん出てきます。


神明宮から数分で蛭子神社に到着。

ここも結構並んでいました。


C 蛭子神社 恵比寿 古河市中央町3−9−1


文化11年(1814年)創建。現在地より南東方面にあっ たものを明治 45 年に現在地に移し、町内鎮守とした。 祭神は蛭子命(ひるこのみこと)で商売繁盛の神として 信仰されている。
(古河七福神巡りパンフより引用)

D 三神町稲荷神社 福禄寿 古河市中央町3−7−3

ここも結構並んでいました。

古河城の鬼門除けとして創建され、明治になってから 町内で管理するようになったという。子供稲荷とも呼ばれている。 (古河七福神巡りパンフより引用)



この社の中に祭られているのかと思ったが、実はこの社の裏に稲荷神社があるのでした。

どなたかが次の場所を聞いていました。

え、スタッフの方や参加者の方も含めてどっちでもありかも。

途中、古河市立第一小学校の前でパチリ

途中、コースを外れて「よこまち通り」に向かう。

ここは昔、一番にぎわっていた頃の町並みがあり、料理屋や老舗の店が今でもある。

中でも古河のお菓子として有名な「はつせ」の店があり、その買い物も今回の目的でも

ありました。小休止をしながら次の場所へ
正定寺の入り口です。

「すいません、肩に何かついてますよー」

「あら、いやだー」

なんて感じのする石像がありました。

なぜ、なぞかけのうな石像なんでしょうか。
E 正定寺 弁財天 古河市大手町7−2

蛇冠弁財天は、春日局が将軍家光から拝領したものを、 古河城主だった養子の堀田正俊にゆずり正俊が、弁天 堂を建て正定寺に奉納したという。  (古河七福神巡りパンフより引用)  

きれいな境内と本堂です。

その東側を見ると。
うわー、すごい列。

並んでいる方に聞いたら昨年は道路まで並んでいたとのこと。

今日は非常にラッキー的な話をされていました。

ようやく参拝です。

正定寺の東側には次の予定の福寿稲荷神社があります。

なんて近いのでしょう。
F 福寿稲荷神社 寿老人 古河市中央町1−7−4

市内稲荷神社の中で最大・豪華な造りであったが、近 年全焼し現社殿は平成15年に再建
された。 明治8年頃までは、隣接の隆岩寺の守護神とされている。

(古河七福神巡りパンフより引用)  
大きな狐親子が見ています。

これも狛犬がある神社でも右側は口を開き、左側は閉じている。

「阿吽」を現わしていると書物に記載があります。


「阿吽」とは、もとは「梵語」ですが、意味としては「万物の初めと終わり」があることを

表現しており、社を守る「狛犬や狐」が対なのは、先の「初めと終わり」を二頭で守って

いるからのようです。「すべてのモノに目を光らせることができる存在」という事から

「阿吽の像」として意味をなしていると聞いたことがあります。
入り口にはご本尊様がお出ましでした。

きっとこのイベントに合わせて「開帳」されたのでしょう。

通常はここまでは中々やりませんからね。

G 徳星寺 弁財天 横山町3−3−58 

建治元年(1275年)創建。古河城内に開山後、鴻巣へ移 り、その後現在地に移る。

境内には千手観音堂(安産・ 子育てにご利益)や、大師堂などがある。

(古河七福神巡りパンフより引用) 
いよいよ9つ目の場所に着きました。

ここだけは特別で実は民家のお宅です。そのお庭に大黒天の社があります。

イベント以外では入りずらいです。

今回は旗などがあったのですぐにわかりましたが平日はわかりにくい

奥まった所に社があります。



大黒様をパチリ。

H 瀬下様宅 大黒天 古河市松並1丁目 

大正初期、当時栄えていた製糸業の繁栄を願い、瀬下民次郎氏によって創建された。
個人宅なので、一声かけて から見学してください。(古河七福神巡りパンフより引用) 


9つの神社を巡り、残すところ1か所。

そういえばランチがまだでした。

古河では味と香りの町おこしとして地元で調合されたカレー粉と七福から取った(七種類)の

食材を使い「七福神カレー」として市内の協賛店で楽しめます。

今回、ランチ場所を悩みましたが・・・。
カレーも餃子も食べたいねって事で「丸満餃子」でランチに決めました。

当然人気店ですので30分位は待ったかな?

ようやく順番が着て席に着きました。

本日、最高の笑顔でした。


シナモンの効いた丸満餃子を1,5人と七福化カレーつけ麺を注文。

意外と早く、運ばれてきました。


カレーつけ麺は初めてでしたがスープはかつおだしをベースにカレーをブレンドしたもので

最初はそんなに辛くはないかなーって思っていましたが食べているうちに後から辛めの辛さ

がやってくる。また、硬めのちじれ麺によくスープがからみ、最後までアキがこないで完食で

きる麺とスープの相性でした。さすがにオリジナルカレーだけはあると思いました。

満足、満足です。

お腹もいっぱいになり、最後の神社へ。

I 諏訪八幡神社 布袋尊 古河市本町1−3−49

はじめは古河城諏訪曲輪(現歴史博物館)にあったが、土井利勝が諏訪曲輪を出城とした際に現在地へ 移した。(古河七福神巡りパンフより引用) 

最後に参拝されている方に撮って頂きました。

無事に10か所の神社を巡りました。最後まで天気は崩れることもなく完了。

時間はちょうど15時に終わりました。のんびり、脇道にそれて買い物したり

昼食をとったり、自由に参加できた七福神巡りだったと思います。

7000歩のコースと聞いてましたが、体力的にはまだまだ温存してました。

今回は職場の友達と楽しく話しながら廻れたので時間が過ぎるのも早かった

のではないでしょうか。


編集後記:

自分が生まれた場所をこのような形で回ったことで小学生の時に遊んでいた神社を

発見することができました。小学校の帰りに境内でツバキの実を拾い、その一部を削り、

実を取り出すことで笛ができます。友人と笛の出来栄えを競い合っていました。

50年も前のことなのに体験した景色は脳裏に刻まれていたようです。

「今年一年、沢山の福が訪れますように。」何しろ、七福神を巡ることで七つの災難が

除かれ、七つの福が授かる。そう願いながら古河駅より帰路いたしました。

「中ちゃんですが、何か」本舗 トップページに戻る