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大型自動二輪免許取得奮戦記

 私が大型自動二輪の免許取得は46歳の時でした。妻子持ちでどこにでもいる中年おやじです。
腹の出た肥えた体型は動くのもおっくうで休日はゴロゴロしており家族からは「トドの一日」
とか言われるような生活でした。 しかし、本屋でなにげに見たバイク雑誌で私の生き方が変わったのです。その雑誌の見開きには60歳越えた御夫婦がハーレーに跨りツーリングしている
微笑ましい写真がありました。その写真はまるで自分の生き方に新たに衝撃を受けました。
人生は年齢じゃない。やろうと思う気持ちがあれば何でも出来る。バイクに乗りたい。
でも私にはバイク免許はありません。大半は若い頃にバイク免許をとるのでしょうが私は車しか興味を感じなかった時代。もう50も近い、この歳でとれるのか不安もありましたがとにかくバイクに乗りたい気持ちでいっぱいでした。
家内に免許とりたい意思を伝えると「もう歳なんだからとれるわけがない」と苦笑されながらも説得。はやる気持ちで教習所に向かいました。受付の方は私を見るなり「大型自動二輪ですか?・・、年齢も高いから中型免許からとられたほうが?」と言われました。
「大型自動二輪免許が欲しい」と意地を伝えると「バイクに乗った経験がないと若い方の倍の時間は掛りますよ!」と呆れ顔。それでもなんとか教習所に入校できました
その時、宮崎駿監督の映画「紅の豚」にあったシーンで主人公が「飛べねえ豚はただの豚だ!」と言うセリフを思い出し、私の場合「バイクに乗れねえ豚はただの豚だ!」を信念として免許取得を心に刻んだ。
しかし、教習内容は最初は構内の外周を乗っていればよかったのです。楽勝だねと甘く思っていました。
ところが教習中盤になり高度な技の数々、30cmの幅で15m橋を低速10秒以下で渡ったり、バイクがようやく通れる直角のクランクを走ったり、パイロンを左右に通り抜けるスラローム。
すべて制限時間があり、基準から外れると減点、パイロンに触れるだけでも検定不合格。何度やっても上手く出来ず、バイクを転倒させ路面に叩き付けられ手足は擦り傷が絶えず、肩や腰は打撲で湿布だらけ。後から教習所に入った若い人がどんどん私を追い越していく。おじさん頑張って!若者からのエール。
日々くじけそうな気持ちを「バイクに乗れねえ豚はただの豚だ!」を唱えながら中年パワーの苦節3ヶ月、晴れて免許取得できました。いまではアメリカンバイクで月二回、日帰り温泉ツーリングを楽しんでいます。来年は息子を乗せて北海道ツーリングが目標になりました。
人生は諦めない気持ちがあればいくつになっても夢は叶うものだということを実感しました。
世の中年おやじさん、あなたも夢にチャレンジしてみませんか?!。

息子との北海道のタンデム(回想録)

「50歳の思い出作り」     

 私は今、日本最北端(北緯45度31分14秒) にある宗谷岬に立っている。快晴に恵まれ、眼下に広がる間宮海峡、その向こうにサハリン島を望むことができる。
隣には今回の旅の相棒にした中学二年の息子がおり、共に最北端に広がる海を見つめている。
息子にはこの景色がどう写ったかはわかりませんが私には、ここまで来る年月が走馬灯のように感じました。大げさな表現だと誰もが思うかもしれません。何しろ準備を含め、3年を掛けて目的地にたどりついた旅なのです。

40歳後半になった時、50歳になったら一生残る思い出の旅をしたい。今まで仕事に追われ旅行らしいことも出来ずじまいだった。しかし、以前より男のロマンってやつを実現したいと思うようになり、それは何だろうと模索していた。ひょんなことより「大型バイクによる最北端の旅」を実現したいと思うようになりました。しかし、これを実現するには多くのハードルがあります。まず、私には大型自動二輪免許はありません。車は運転していますがバイクなど乗ったことがないのです。 家内に免許取得を相談すると「正気なの?、熱あるんじゃないの?。」など本気にしてくれませんでした。説得
を重ねた末、免許取得の許可を受けて教習所へ走りました。安心した瞬間、次の難関がありました。

教習所の受付の女性は私を見るなり「大型自動二輪ですか?。年齢が高いから中型免許からとられたほうが・・?。」と言われました。どうせ、その腹がつかえて乗れないと思ったのかもしれません。更に「バイクに乗った経験がないと若い方の倍の時間は掛りますが。」と呆れ顔。冷ややかな受付嬢にも負けず、大型自動二輪の教習が始まりました。一難去って又一難とはこの事かと痛感しました。大型バイク運転の技術の難易度はかなり高く、私にはすべてが曲芸のように思え、毎回教習の度に「場違いだったかな?。自分に出来るのかな等、毎回疑心暗鬼でした。車の運転と違い同時に両手両足がそれぞれ違う操作役割を担う。スラロームに一本橋やクランク等は頭では理解しても身体がついていけない。何度やっても上手く出来ず、バイクは転倒、路面に叩き付けられ手足は擦り傷が絶えず、肩や腰は打撲で湿布漬け。何度挫折しかけたか数知れず。しかし、その度に北海道最北端の写真を眺め、ここに行くんだと諦めようとする自分を奮い立たせました。 その結果、晴れて大型自動二輪免許を取得しました。まるで難関の山を登頂したすがすがしい気持ちでした。

取得後、国産のアメリカンバイク(ホンダ シャドウ750)を購入し、約1年、毎週末に近郊へのツーリングを重ねてバイク運転にも少々慣れてきたと感じました。8月下旬、自宅前より家内や長女に見送られる中、後部座席に息子を乗せ出発の時。寂しさより猛暑を感じ、大洗までひた走る。大洗からはカーフェリーで翌日昼過ぎには苫小牧へ到着。関東では味わえない爽やかさ風は北の香りを漂わせている。わくわくしながら一路札幌を目指す。どこまでも続く、一直線の道。時の過ぎる瞬間を味わいながらのんびり走る。苫小牧より札幌泊、旭川泊、枝幸泊し3日目にようやく 宗谷岬へ到着した。自宅より走行距離600km。空と海の青に塩風のコラボレーション。深呼吸して胸一杯、空気を吸い込んだ。

よーし、きたぞー!」 って海をめがけて親子で叫んだ。ただそれだけなのになぜか、言葉では言い表せない幸福感と目頭が熱くなる思いを感じていた。 息子から「泣いてるの?。」と聞かれたがワイルドな父親を目指している私は「ゴミが目に入ったようだ。」ってごまかすのがやっとだった。息子はただうなずき黙っている姿がミラーにあった。

まるで私の気持ちを知ってるように・・・。

少しだけ大人になって行く息子を感じた。

沈む夕日は新しい夢への予告を告げていた。

 

往復乗船したカーフェリー(大洗〜苫小牧間)を利用しました。
客室はエコノミーで大部屋に雑魚寝です。布団は小さくて
幅が60cm×長さ180cm位かな。それでも船の移動は浪漫がありますね。
・バイクはホンダのシャドウ750 後部座席に息子が乗るので荷物を乗せる
専用の台をLアングルで製作したものです。
幸い天気にも恵まれ、沢山の思い出が出来た北海道タンデムの旅でした。
やはり、腹が目立ちますね・・・。
・中2の息子は既に成人を過ぎて今は車を乗り回しています。
私はようやく念願のハーレーに乗り換えました。