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小学校の校門での販売

・昭和30年後半位の時代、小学校時代には授業を終えて校門を出るとたまにおじさんが来ていて
様々なものを売っていた。なつかしい思い出。
今、思えばアコギいんちきな商売の物売りも多かったが、今のように「子供に悪影響を及ぼす。」PTA決議で
問題だーみたいな事はなかった時代。
昭和40年代、親や先生は大きな気持ちで見ていたのかも知れない。子供はそうやって社会勉強として
大人を簡単には信じない「騙されない知恵」のようなものを学んだ気がする。


あれは東京オリンピックが開催された年だった。私が小学生の低学年、下校で校門から出ると
沢山のヒヨコの鳴き声がする。校門の外には大きな箱があり、その中にはひよこが沢山いて
おじさんが販売をしているようだった。箱を覗けば、色とりどりのカラーヒヨコ。

おじさんは言った。このヒヨコはオリンピックの年にしか生まれない五輪の輪と同じ色のひよこ。
大きくなると同じ色の卵を産む、今日しか買えない珍しい鳥だと言っていた。
「明日には違う小学区に行くから今日だけ販売するよー」とのこと。

欲しくてたまらなかった。走って家に帰り、母からもらったお金を握りしめ、校門の所に。

きれいな青色のヒヨコを紙の小箱に入れてもらい帰る。すごい、大人になれば青色の卵を産む。

毎日が楽しみで仕方がなかった。朝起きて餌をやり、学校から帰ると巣の掃除などして

ヒヨコはだんだんと成長して行った。育て数ヶ月がたった頃、青色のヒヨコはいつのまにか白色に

なっていき、トサカも普通の赤いトサカが出てきた。

そして

ある朝、コケコッコーと鳴くではないか。え、雄鶏じゃやないか。

まんまと子供たちを騙したあこぎな商売。両親は笑っていた。

それ以来、校門で売っているものは買わなくなった。カメとハツカネズミと手品セット以外は。

 

ある日、校門でミドリガメを売っていた。このカメは大きくならないからあまり

エサ代かからないよー。小さなカメが手足をバタバタしている姿かたまらなく、可愛く思った。
大きくならなくて長生きするならと思い、走って帰り、お金を握りしめ、あと数ひきしかいない
ミドリガメを買った。毎日、飼育をして半年がたった。あれ、カメが少し大きくなってる。
更に半年、カメはすっかり成長した亀をみて父が言った。「こりゃ、石亀」だ。
このカメはそれから10年以上、家に居た。
長生きするよーと言ったおじさんの話はぜんぶ嘘ではなかったが亀はかなり大きくなっていき、
割りばしで煮干しを挟んであげないと指を噛まれる位、立派な亀に成長した。
小さなバケツで買うのも可愛そうなので父の知り合いが庭に大きな池があるのでそこに預けた。

 

 

ある日、校門でハツカネズミを売っていた。真っ白く小さな体で目がピンク色。

家の中をたまに見る家ネズミより小さくかわいい。走って家に帰り、お金を握りしめ、おじさんの元へ。
サービスだからといって一匹オマケしてくれた。

つがいたから可愛いい赤ちゃん沢山生まれるぞ。と言われた。楽しみに家に帰り、おじさんが言うように
寒い時は二色電球を付けて箱を暖めたり、藁巣を交換したり、可愛いがった。箱から出しても逃げない位に
なついてきた。

ある日、父が酔って帰ってきた。まさに

千鳥足だった。そんな時に限ってハツカネズミは放していた。次の瞬間、酔ってた父の足はハツカネズミを
踏みつけていた。慌てた父は持ち上げた足でもう一匹も踏みつけていた。こうして二匹は天に召されてしまった。

 

以前買ったヒヨコは大きくなり鳥鍋になり、贅沢な夕飯のおかずになった。「ぴーちゃん、おいしかったよ。」

石亀は大きくなり、池のある知り合いにもらわれて行き、お礼にカステラになった。

天に召されたハツカネズミは父がお詫びにと近くのラーメン店で野菜チャンポンと餃子をご馳走してくれた。

今度飼う十姉妹はどんな食べ物に化けるのだろうか?子供ながらに楽しみな時代だった。

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