日常語録コーナー

毎日の生活では楽しいことだけでなく
ストレスや理不尽なことが多い。
環境を変えても新しい環境には違う問題もある。
そんな時にヒントや気分が楽になればと
思い書いてみました。
少しでも心の疲労回復になれば幸いです。



 


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2018年9月29日(土)9:00

数日前にキジバトの雛がかえった

親はしきりに餌を与えている

しかし

数日前より猫がキジバトの巣がある

金木犀のそばで巣をじっと見ている

人には感じないが嗅覚が雛の臭いを

感じるんだろう

家の前の電線にはカラスが同様に

金木犀の木の様子を伺っている


そして今朝、巣が崩れたような跡があり

雛はいない

キジバトの親も姿をみせない

猫対策として

金木犀の根本周辺には

釣り糸を張りめぐらし

猫が歩けない対策をしたが

効果及ばす


塀の向こう側より木に登り

襲ったのだろうか、それとも

カラスが狙ったのか?


弱肉強食の世界を目の当たりに

して自然界の厳しさを感じた

なんだかなー、雛が育つのを

毎日楽しみにしていたのに

どうすることもできない空虚感を感じた。


毎日、人が知らない所では

あらゆる動物が同じような

戦いを繰り返しているんだろう





2018年9月24日(月) 9:00

キジバトは交代で巣を温めている

卵は見えないが、今までは

午前中だけいて夕方前にはいなくなる

キジバトの生態を調べると

キジバトは夜は自分のねぐらに帰る。

そして朝、明るくなると巣に


やってきて卵を温める

ニワトリなどはずっと卵を

温めるのだがキジバトは

わりとラフに温めている

これで雛がかえるのだろうかと

心配なのだが。

ただ、ここ数日はずっと温めており

夜もいるような(じっと見る訳にも行かず)

出入りではキジバトと目が合わせないよう

で入るをしているので見たいが知らない

振りをするのも、まるで鶴の恩返しに

出てくる農夫のようだ。

見てはいけないと言うとね、見たくなるのが人情

あまり、見てるとキジバトは危険を感じると

巣には戻らなくなる判断をするとのこと

我慢、我慢。


早く雛がかえればと祈るのみ








2018年9月15日 8:10

キジバトが庭の木に巣作り開始



今日は月1回ある柳堀の清掃。

季節も夏から秋の兆しを感じながら

大雨で溜まった泥水というより泥を

川底より上げる。今日もいい汗がかけた。

家に戻り玄関わきの金木犀をなにげなく

見ると枝の間から

キジバトがこっちを見てる。

鳩は幸せを呼ぼ鳥と言われます。

何か、幸運の暗示でも?


親鳥は目が真っ黒でクリットして可愛い。

いつのまに巣を作ったのだろう

そう言えば数週間前に家の前の電線で

キジバトが鳴いていた時があった。

巣建築の候補場所を探していたのかもしれない。

以前はツバメが玄関に巣を作って以来

我が家は巣作りに適した環境なのかもしれない。

ただ気になるのはカラスと猫

先日はカラスがの庭の樹木のひとつ


ハナミズキがあります。

そこに発生した毛虫、青虫のようなものを

カラスが捕まえて食べていました。

それも数匹しかいないのに見つけるんです。

おかげで殺虫剤を使わないで済みました。

時々、家のフェンスに止まり、

はなみずきや金木犀を覗くように見ている。

巣がカラスに見つからなければと願う

また、我が家の来訪者として近所の猫が来る

定期的にパトロールをしています。

たまに違う猫と出会うと

ものすごい喧嘩をして追い出します。

自分の縄張りなんでしょう

ここが住まいなわけじゃないのに

我が家のように好き勝手しています。

この猫にも見つからないで欲しいと願うばかり。


自然界は人間が考えるより複雑で

生きる為には必至だ。

頑張れ、キジバト

子育てが住むまでできるだけ

静かに出入りをしよう。

そして家族にも言ったが

キジバトと目を合わせない事

雛は2週間で生まれるようだ

子育てが終わった先輩として

暖かく見守りたい。

子育てが終わるまで

チキン断ちするからな。

と心に誓う。

台所から家内が

「今夜はチキンの照り焼き」と

声が聞こえる・・・。

んー、チキン断ち、断念かな。








2018年07月22日 日曜日 6:30


今日は地元の役員をしている柳堀のどぶ掃除の日



この柳堀の最終合流前には鉄格子のフェンスが

堀の中に最終合流場所以降にゴミが流れないように設置されている

そこにはゴミが流れ藻が溜まり、水流れを妨げる。

そこで役員は月1回の予定で最終合流の

ゴミ除去と藻の回収

それと柳堀の両側の除草剤散布が毎月の仕事

今朝は7時から10人の役員が集まる

どぶ臭い悪臭の中でゴミの回収作業を開始

始め5分もせずに汗がどーっと出る

この柳堀は我々の地区には下水道が完備されてない

各家庭の下水はそれぞれの浄化槽を経て

この柳堀に流される。いわば生活の証の道でもある

地区ごとに役員が輪番制で変わる

私の班は20数軒あるので2年の任期では・・・

え、40年後?自分は100歳を超える

生きていないだろう

そう思うとなぜか、笑ってしまった

作業をしていた別の方が私を見て

何がおかしいのですか?と聞かれた

次回この役員が来るのは40年後なんです

そう思うとおかしくて

そこにいる皆が笑った。

誰もその時はいねえや。


今日の全員が墓場か?

中には長寿で100歳超えて市から表彰を

受けて生きている人もいるかー?

誰かが更に言った。

それも生きるしかばねじゃねーか?

違いねーや(笑)

炎天下の中で柳堀の清掃役員の笑いが

早朝の街に広がった

傍らに咲いているひまわりも

笑っているように見えた

汚れたものを扱っていた割には

皆の心はさわやかだった






 20180413 金曜日 07:38

週末がやっときた。
早番なのでいつもより一時間早く家を出る。
エンジンを掛けて車庫から路上に走りだす。
すると
5m先の路上に二羽のスズメが
胸を張ってこちらを見てる。
「おーい、危ないぞ~」、
車が近づくと
1羽はすぐに飛び立った。
しかし、
1羽はギリギリまで留まり、
飛び立っていった。
え、もしかしてチキンレース?

まさか、スズメだけに
ハンドル握りながら微笑した。

あの胸を張ってこちらを見てる姿は
すべてを掛ける本気度を強く感じた。

それは忘れていた昔の自分と重なった。








同窓会に出席して・・・


2月10日土曜日、今日は45年ぶりに

茨城県立古河第1中学の

同窓会とクラス会に出席しました。

当時、10クラスあったから

400人が1学年には在籍していました

今回の参加者数は149名でした

壮年者の集い位のイメージでした

全員が60歳のおじさん、おばさん

しかし、想像以上に若く見える

ま、ほとんどが現役だからかも

しれない。目なんてまだ輝いている

ほうが多い。

パッと見て昔の面影がよみがえる方同級生

昔のイメージすら感じられない同級生

15歳のイメージに重ねようと必死で

名前と顔を思い出す。如何せん45年前

記憶が?

40人いたクラスメートも既に

男性4人、女性2人が亡くなったとの事

また、連絡がとれないクラスメートも

いるようなので実質的な存命かどうかは不明

我がクラスは15名が参加

1次会は立食式の会食

二次会は場所を替えてクラス会

それぞれの人生をダイジェストで

ひとりひとりの自己紹介

学校校長や今も現役講師、

市のNo2や消防署長

企業に長年勤務してきた方、

結婚して子育てを終え

孫が何人もいる方

人数分の人生の年輪があった。

決して愚痴らない経験は

気持ちの強さを改めて感じた。

しかも、60歳を迎えても

まだまだ明日への強いエネルギーを感じる

我々は何かを決めるととことん

やっていく人生だったんだろう

不思議なエネルギーがある

時代的に貧乏で豊かとは呼べない

そんな時代だった

だからこそ、全員の顔は決して

負けてない。誰もが自分の壁を

超えてきたと言う

自負と年輪を感じた


そしていつの日か

また会えたらと思う。

お互いにこの時代に

何かを残せればいいな

心温まるそんな

時間だった










先日、中学の友人SKさんより連絡があり

同窓会の開催があるとのこと。

中学といえば45年前か

今は皆が60歳

誰もが人生の年輪を語れる

中学以降、それぞれがどう人生を選択して

社会と言う荒波で

どんな人生を歩んだのだろう。

様々な出会いの中で

順風満帆に世の中を渡ってきた者

挫折を繰り返しても尚、頑張った者

中には玉の輿になり最高に幸せな者

どれだけ頑張っても未だに浮かばれない者

苦労がたたり病気や精神的に病む者

40人居れば40通りの人生がある

クラスメイトのうち2名は

既に亡くなっているとの事

人生は誰にもわからない

様々な人生を歩んできた仲間が

人生の節目である下り峠の茶屋で一堂に会す

もう、人生の山を上ることはほぼないが

降りて行くのも注意が必要だ

還暦のちゃんちゃんこを着て

悠々自適に生きられる訳ではない

油断すれば人生の谷底に転げ落ちる

気が抜けない還暦世代

でもここまで来たんだ

あとはゆっくり下ろう

人生の残りの景色を楽しみながら


新年明けの初仕事の朝

宇都宮について歩道橋の階段を降りてきた時

最後の一段を踏み外し、転げ落ちて

しまった。幸い怪我はないが

思い切りタイル張りの歩道に

叩きつけられた。

そう現実は甘くない。



今日は12月24日クリスマスイブ

有馬記念レースではキタサンブラックが

有終の美を飾った。

今年、60歳の誕生日を迎えた。

しかし、定年で終わる訳じゃない。

今は年金がもらえるのには あと3年は現役

60歳を迎えたが何が変わる訳ではない

自分が若い頃は60歳はかなりジジイだ

と思っていた。しかし、自分がその年齢に

なると「60歳、まだまだじゃないかー」

情熱や人に対する思いは若い頃のまま。

まだまだやりたいことをやっていきたい。

そしていつか有終の美を飾って

今の仕事を離れるのが希望かな。

しかし、非正規雇用だしなー

ジジイは来年3月で切られるかもしれない

同じ年代の方々は同じように

現役を去っていく方が多いのではないかな。

昔の定年は花束と拍手で

送られるのを沢山みてきた。

まさに有終の美で

そう送られる方もいるだろう

自分は

今は中島みゆきの「地上の星」

誰からも送られずに去る

認めてもらわなくてもいいじゃにか

自分が満足した人生を歩めた

それだけで十分だ





4月、職場では大きく雰囲気が変わった。

今までの上司は異動になり

新たな上司がやってきた。

また、我々契約メンバーも5人が入れ替わり

新たな組織でスタート。

非正規の雇用制度が見直され1日1時間短くなった。

変わらないのは非正規雇用であること

個人情報が漏えいすると切られる事。

変わったのは月20時間の労働時間が短縮

御上は非正規雇用には

期待していない。むしろ時間短縮して

結果、昨年と同じにできたでしょう。

制度発起者の評価だけ

仕事量は減っていない。

単純に実務だけしか行えない。

いわゆる企業が無くなる前の

それに似ている・・・。


我々のお客様はゆとり世代の方々

ゆとりがない我々とゆとり世代

カウンターをはさみ面白いアンバランス。

破れ鍋に綴じ蓋

むしろ、調和がとれるのかも


先月までリアル椅子取りゲームを

やっていた雰囲気は今はない。



でも、一期一会のつながりは大切にしたいですね。















  


「ちーっと古いか」

ゲームはリセットできるが

人生はリセットできねぇ

ただ、再スタートはできるんだなぁ

それもエネルギーが充填され「無敵」

いつ戦うの、いまでしょう

 



 

   

  映画「永遠の0」を観て









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